私の仕事場には、壁一面に無数のブランクキーがぶら下がっている。銀色のもの、真鍮色のもの、プラスチックのヘッドが付いたもの。形も大きさも様々だ。訪れる客人の多くは、これを単なる金属の板としか見ていないだろう。だが私にとって、この一つ一つは無限の可能性を秘めた素材であり、仕事の根幹をなす最も重要な相棒だ。合鍵作りは、よく料理に例えられる。どんなに腕の良い料理人でも、素材が悪ければ最高の料理は作れない。それと同じで、どんなに精度の高いキーマシンを使い、私が長年培った技術を注ぎ込んでも、最初に選ぶブランクキーが粗悪であったり、元の鍵と適合していなかったりすれば、決して完璧な合鍵は生まれないのだ。客人が差し出す一本の鍵。その表面に刻まれた傷や摩耗具合から、どれだけの年月、その人の暮らしを支えてきたのかが伝わってくる。私の仕事は、その歴史と信頼を、このまっさらなブランクキーに正確に写し取ることだ。ガイドが元の鍵の輪郭をなぞり、カッターが金属を削る甲高い音。それは私にとって、新しい命が誕生する瞬間の産声にも似た音だ。近年はディンプルキーのような複雑な鍵が増え、求められる精度はますます高くなった。少しのズレも許されない緊張感の中で、私は金属と向き合う。削り終えた鍵のバリを丁寧に取り、客人に手渡す。その鍵が鍵穴にすっと入り、滑らかに回った時の客人の安堵の表情。それが、この仕事をしていて最高の瞬間だ。スマートロックが普及し、物理的な鍵はいつかなくなるのかもしれない。それでも、この手で金属を削り、人々の暮らしの「安心」という形を作る仕事に、私は誇りを持っている。この壁一面のブランクキーは、私の誇りの証そのものなのだ。